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フォルクスワーゲン日本での歩み

1952年にフォルクスワーゲン社長のハインリッヒ・ノルトホフが4台のビートルを日本に持ち込みました。

1953年ヤナセがフォルクスワーゲンビートル105台とタイプ2(通称トランスポーターと呼ばれた今でも日本で大変人気の高いバン)3台が輸入し、これを皮切りに本格的なフォルクスワーゲンの輸入が始まり、同時に輸入自動車協会(現:日本自動車輸入組合 JAIA)が設立されハード面でも輸入車の統計などが整備されこれが追い風となります。


1954年、ヤナセが日本でのフォルクスワーゲンの輸入販売権を獲得しました。

当初から右ハンドル仕様も導入し、日本の諸事情にあった販売で輸入車トップシェアを維持していくことになります。


カルマンギア、タイプ3、タイプ4、K70、初代パサートなどが輸入され、そして1975年ついに今でも人気の高いゴルフ(Golf)が輸入されました。

その後もジェッタ、日産自動車と提携して作られたサンタナなど、これらの車の名前はご存知の方も多いのではないでしょうか。


そして1990年代初め、フォルクスワーゲン株式会社が日本での販売、ネットワークを構築すべく、自身で販売権を取得し販売パートナーとしてトヨタ自動車とも手を組み愛知県豊橋市にインポートセンターを設立し本社もそこに移しました。

これに怒ったヤナセが1992年にフォルクスワーゲンおよびアウディの輸入、販売から撤退(2005年に再開)しました。


フォルクスワーゲンビートルは1996年ついに累計販売台数が10万台を突破、1999年にはニュービートルを販売するとどんどん勢いが加速し、2003年には累計販売台数が50万台に手が届き、2005年にはついに累計販売台数が100万台を突破し現在もますます好調を維持しています。

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