元々フォルクスワーゲンはナチス政権の国策企業として第二次世界大戦前に設立されました。
ヒトラーが労働者の余暇を豊かなものにするためにと言う名目でベルリンモーターショーでフォルクスワーゲン(国民車)計画を提唱し、フェルディナント・ポルシェ博士に設計を託したところからその歴史が始まりました。
しかし第二次世界大戦が始まると、ヒトラーはキューベルワーゲンなどの軍用車両を優先させて生産し、その労働力にはアウシュビッツ収容所などから強制労働者が充てられ、約束であった国民車が生産されることはありませんでした。
第二次世界大戦後、敗戦国となったドイツは連合軍の統制化におかれ、そして戦火で大きな損害を受けた工場を復興させるために、イギリスからアイヴァン・ハースト少佐が送り込まれてきました。
少佐は荒れ果てた工場を立て直し、フォルクスワーゲンの品質管理を徹底し次々と製造ラインを軌道に乗せていきました。
そしてディーラーネットワークを整備し、販売現場の声を工場側へ伝える仕組みも確立しました。さらに多くの整備士を養成し、アフターサービス網の整備にも力をいれました。
これが今のフォルクスワーゲンの基本コンセプトになり生命線にもなっているといえます。
今では車を作って売る側として当たり前のことですが、当時としては画期的な考え方でした。