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T型フォードの終焉

T型フォード(Ford Model T)が廃れてからヘンリー・フォード(Henry Ford)は初心に戻り、新しいA型フォードを製作します。

しかしフォード・モーターを取り巻く経営環境は厳しく、1943年にはフォード社社長のエドセル・フォードが死去してしまいました。


エドセル・フォードはヘンリー・フォードの息子で、ヘンリー・フォードは社長の座をエドセル・フォードに譲った後でも経営の実権を握り続けました。

エドセル・フォードは2世であったため、父と違って高い教育を受けて育ち、車のデザインや自動車技術に高い見識を持っていました。

エドセル・フォードはフォード社が買収したリンカーンを販売し成功に導いた実績もあります。

後にエドセル・フォードの発案にはあのリンカーン・コンチネンタルもありました。

そんなエドセル・フォードがT型フォードのモデルチェンジやクレジットの導入の必要性を説いても、ヘンリー・フォードは頑なに聞き入れなかったのです。


エドセル・フォード亡き後、ヘンリーは再び二年間社長の座に就きます。


当時、アメリカは第二次世界大戦下にあり、ルーズベルト大統領は戦時の自動車産業を支えるため、政府によるフォード救済を考えたほど事態は深刻でした。

そして社長を孫のヘンリー・フォード二世に譲り、ヘンリー・フォードも体調を崩し、1947年4月についに帰らぬ人となりました。

享年83歳、世界の自動車王もついに逝きました。

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