プリシラと結婚したエルビスプレスリーは、娘、リサ・マリー・プレスリー(Lisa Marie Presley)も生まれ、(ミドルネームのマリーはパーカー大佐の夫人の名前から取った)ますます仕事を精力的にこなしていきました。
そんな時パーカー大佐がラス・ベガスのインターナショナル・ホテルにエルビスプレスリーを出演させる契約を結びました。
映画「チェンジ・オヴ・ハビット」の撮影開始され、映画「殺し屋の烙印」が全米で一般公開された頃、エルビスプレスリーは目前に迫ったインターナショナル・ホテル公演のリハーサルを始めるためメンフィスを出発し、ロサンゼルス入りしました。
今度の公演を成功させるためにエルヴィスプレスリーは、一流のスタジオ・ミュージシャンを集め、バックバンドを編成したのでした。
そしてついにインターナショナルホテル公演が始まり、この日のオープニングショーは、名士と報道陣の招待客のみで、午後10時から始まりました。
招待客の中には、ウェイン・ニュートン、ぺトラ・クラーク、アン・マーグレット、シャーリー・バッシー、パット・ブーン、ポール・アンカ、ディック・クラーク、ジョージ・ハミルトン、アンジー・デ'イッキンソン、バート・バカラック等のそうそうたる招待客が名を連ねていました。
このショーを皮切りに毎晩2回のショー(20時15分のディナーショーと真夜中のカクテルショー)が8月28日まで続きました。
ショーの一番安い席で15ドル、29日間で合計57回のショーをこなし、延べ101,500人の観客客を動員しました。これはラスベガス新記録で、人場料収入の1,522,635ドルもラスベガス新記録でした。
噂によるとエルビスプレスリーのギャラは1週間で10万ドルだったといいます。
28日に最後のショーを打ち上げた後、エルヴィスプレスリーは多くの友人を招いてパーティを開きました。
前年のTVスペシャル、この年初頭のアメリカン・サウンド・スタジオでのレコーディング、そしてラスベガスでの公演の大成功と立て続けに華々しい成果を挙げたエルビスプレスリーは、プリシラや家族を伴ってハワイへの休暇旅行に出かけたのでした。
ハワイに滞在中、一行の間でハワイ滞在を切り上げて残りの期間をヨーロッパで過ごすことに話がまとまりロサンゼルスに戻ったのですが、パーカー大佐の反対で行き先をバハマ諸島に変更することとなりました。
バハマ諸島ではあいにくハリケーンに襲われて天候が悪く、エルビスプレスリー達はバハマ諸島での滞在も切り上げて予定より早くロサンジェルスに戻るはめになったのでした。
しかし休暇から帰るとサスピシャス・マインド(Suspicious Minds)がビルボードHot100チャートで第1位に輝きました。
これはエルビスプレスリー通算18曲目でそして最後のNo.1ヒットとなったのです。