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エルビスプレスリー、舞台衣装を脱ぎ軍服を着る

映画にコンサートに忙しい日々を送っていたエルビスプレスリーでしたが、1958年1月20日にアメリカ陸軍から徴兵通知を受けました。

当時のアメリカ合衆国は徴兵制を施行しており、陸軍の徴兵期間は2年間でした。

エルビスプレスリーは特例措置を受けることなく、通常の兵士として西ドイツで勤務し、1960年3月5日に無事、満期除隊したのでした。


当初、家族をはじめとする多くのものが、平時におけるこの徴兵を疑問に感じ、中には「エルヴィスプレスリーの徴兵は政治的なもの」と考えた者もいましたが、兵役義務を無事完了させたことにより、その愛国的態度がアメリカ国民の胸を打ち、賞賛されました。


徴兵命令が来た際、エルビスプレスリーは映画「闇に響く声」を製作中で、徴兵を少し延期したことでも話題になりました。

徴兵局はパラマウント映画会社からの延期の申し入れに対し、エルビスプレスリーに自ら当局に出向くようにと伝え、翌日エルビスプレスリーは徴兵局へ出向き、延期の申し入れを行ったのでした。

エルビス・プレスリーは配属先の基地のキリーンの近くに両親と祖母を呼び寄せて一緒に住み始めましたが、徴兵前に撮った映画「闇に響く声」が全米で一般公開されたころ 、母グラディスが急性肝炎に罹り亡くなりました。

エルビスプレスリーは悲しみを乗り越えて軍務をこなしました。

また、自身も病気にかかり軍の病院において扁桃腺炎だと診断され、その際、医師は彼の声が変調するのを恐れて、扁桃腺の切除手術は行いませんでしたが、彼は順調に回復し健康を取り戻しました。


大変なことも多かったのですが駐留先の西ドイツでは2週間の休暇を取って同僚達とミュンヘンからパリを旅行しムーラン・ルージュやリドに行ったりして楽しんだようです。


兵役についた中で一番大きかったのがのちに妻となるポール・ボーリュー空軍大尉の娘、プリシラ・アン・ポーリュー(14歳)との出会いでしょう。

ドイツのフリードバーグではエルヴィスプレスリー一家のクリスマス・パーティにプリシラも招き、エルビスプレスリーはプリシラに大きなダイヤをあしらった金時計をプレゼントしたのでした。


そして二年間の兵役を終えエルビスプレスリーはメンフィスに帰り音楽活動を再開するのでした。

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